大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)283号 判決 1961年6月20日
吹田市高畑町一四六八番地
昭和三四年(ネ)第二八六号事件控訴人
同年(ネ)第二八三号事件被控訴人
第一審原告
佐藤亮
右訴訟代理人弁護士
菅原昌人
山本正司
茨木市茨木町一一一〇の一五番地
昭和三四年(ネ)第二八三号事件控訴人
同年(ネ)第二八六号事件被控訴人
第一審被告
茨木税務署長
平岡喜志雄
右指定代理人
検事
松原直幹
法務事務官
井野口有市
大蔵事務官
宗像典平
同
鴨脚秀明
右当事者間の所得額決定処分取消請求控訴事件について当裁判所はつぎのとおり判決する。
主文
一第一審原告の控訴を棄却する。
二第一審被告の控訴につき、原判決を左のとおり変更する。
三第一審被告が昭和二七年四月五日第一審原告に対してなした第一審原告の昭和二六年分所得税の総所得金額を三八三、二〇〇円とする更正処分の内、二八六、二〇〇円、を超える部分を取り消す。
四第一審原告のその余の請求を棄却する。
五訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その三を第一審原告の負担とし、その一を第一審被告の負担とする。
事実
第一審原告代理人は、第二八三号事件につき「控訴棄却、控訴費用は第一審被告の負担とする。」旨の判決を求め、第二八六号事件につき「原判決中第一審原告の敗訴部分を取消す。第一審被告がなした主文第三項掲記の更正処分の内一三万円を超える部分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」旨の判決を求め、第一審被告代理人は、第二八三号事件につき「原判決を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」旨の判決を求め、第二八六号事件につき「控訴棄却、控訴費用は第一審原告の負担とする。」旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の提出、援用、認否は左記の外は原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
第一審原告訴訟代理人は
「一 第一審被告が第一審原告の本件所得額決定の資料とした乙第一二号証は資料として価値の乏しいものであることについて。
1 乙第一二号証は大阪市の中心地区である南区、阿倍野区及び堺市の三地区の二、三の業者について調査した資料によつて作成されたもので、その調査対象は極めて限定され、統計論から見ても到底標準資料たり得るものではない。
2 乙第一二号証では大阪市内中心部と大阪府下の市町村との牛乳販売業者の比較が無視されている。
3 乙第一二号証の作成にあたつては、取扱牛乳のメーカー別による価格の差異が判明していない。大阪市内中心部は森永牛乳、明治牛乳等が当時の二大メーカーとして存在しており、その小売価格は一合一三、四円で、それ以外の特に府下の弱小無名のメーカーとは販売価格が同一でなく、弱小メーカーが右の如きメーカーの価格で販売することは著しく困難である。
4 牛乳壜破損補填費についても、森永、明治の如き大メーカーは所謂低温殺菌としての機械設備を有するが、弱小メーカーである吹田牛乳処理所では牛乳の入つた壜を釜に入れて蒸気で殺菌する為、牛乳壜の破損率は右処理所自体に於ても高率であるのみならず、一旦販売店に持ちこまれた後の破損率も甚だ高いのが常態であるが、かかる比率は乙第一二号証では明かでない。
よつて、乙第一二号証を本件所得額決定の認定資料とすることは不当である。
二、第一審原告が吹田牛乳処理所から買受けた牛乳の一本当りの仕入単価について。
第一審原告は年間を通じて当時一〇円として一応仕切り、破損壜代は別個に支払つていたもので、従つて原乳一本当りの仕入原価は年間を通じて一〇円を超過していた。この点につき、原判決は冬場は原乳仕入価格が安く一本当りの原価は低くなるかの如く判示するが、冬場は燃料費が高く、原乳仕入価格が低くとも処理費が高いため、結局年間を通じて原乳一本当りの仕入価格が一〇円を割ることはなかつたのであつて、原判決の右判示は不当である。
三、第一審原告と岡崎牧場との間の取引について。
第一審原告は岡崎牧場から仕入れた牛乳の腐敗が甚だしいため、その損失補償を同牧場に申出でたが拒否されたので、短期間右取引を行つただけでこれを取りやめたのであつて、その実損額は七、〇〇〇円を下ることはなく(一日当りの仕入量一五〇本の五日分程)、又同牧場より仕入れた牛乳の内見本として各需要家に配付した数量は昭和二六年二月から同年四月迄平均して一日二〇本位で、その仕入価格は一本一〇円であつたから、その価額総計は一〇、〇〇〇円を下らなかつたのである。そして、その他はすべてパン小売商竹村卯之助方に一本一一円で卸売した。尚この点に関し、第一審被告は、右見本配付は一般家庭に対してなされたと速断して論ずるところがあるが、第一審原告は右見本配付は販路拡張のために行つたものであると陳述しているに過ぎず、一般家庭に配付したと述べているものではない。而して右見本配付は、事実、一般家庭に対して行つたものではないのであるから、第一審被告の論難は失当である。
四、牛乳原価に関する破損壜代について。
この点についての第一審被告の論旨は前記乙第一二号証によつていることは明かで、しかも第一二号証が資料となすに足りないことは前記のとおりである。尚、第一審被告は第一審原告が牛乳壜をすべて自己調達していたと主張するが、第一審原告が自己調達していたのは、第一審原告の販売段階における破損に対するもので、それは当然のことであり、当事者間に争のない消耗品代一九〇、四〇二円の内破損牛乳壜の補填費一三七、八〇五円は右の販売段階における破損壜の補填費であつて、吹田牛乳処理所における破損壜に関するものではない。のみならず、第一審原告の販売状況を示す乙第一〇号証によると、第一審原告の昭和三五年一二月三一日から昭和三六年五月六日までの一二八日間における牛乳の総仕入本数は二一、一四二本、破損壜数は一、四二九本であり、この計算では一日当り平均仕入数は一六五本、破損壜数は一一本となるのであつて、これによつても牛乳壜の回転率等についての第一審被告の主張は根拠がない。
五、生クリームの原価について。
第一審原告が第一審被告主張の如く脂肋分離機を所有していることは争わないが、これは、当時、吹田牛乳処理所に設置されていたもので、しかも、設備上並びに衛生上右処理所では生クリームの製造を禁止されていたのである。即ち、第一審原告が当時販売した生クリームは、自家製造にかかるものではないから、第一審被告の主張は論拠を欠くものである。」
と述べ、
第一審被告代理人は
「一、本件牛乳の販売単価について。
1 本件牛乳の販売単価を認定するためには、まず実際の販売単価を確定させ、更に吹田牛乳処理所分について見本の配付があつたかどうか、あつたとすればその本数及び金額の確定をなすべきであるのに、原判決はこれを看過し、直ちに第一審原告の主張する販売平均単価(実際の販売単価ではない。)を採用したことは事実誤認である。
2 第一審原告の牛乳の実際販売単価は卸売一一円五〇銭、小売一四円である。これは当時の牛乳販売の市況単価により推定したもので、この推定の合理性は乙第一二号証及び大阪府牛乳商業協同組合の当時の理事長南口安宏の原審証言により首肯される。
乙第一二号証の記載は前記協同組合が組合員の所得税申告のための基準、参考資料として作成し、各支部に配付したものでその作成にあたつては各地区の組合支部長による総代会で検討承認されたものである。右乙第一二号証によると、牛乳の販売単価は一本(一合)につき一三円として計算されている。当時牛乳販売店の卸売と小売との平均割合は四と六との割合、卸売価格は平均一一円五〇銭とみられているから(原審証人南口安宏、児島幸一、松村玄次、山内昌典、吉田留雄の各証言参照)、これによれば小売価格は一本(一合)につき一四円と算出される訳である。
3 第一審原告の牛乳販売は吹田牛乳処理所分、岡崎牧場分をふくめ年間を通じて卸売五割、小売五割である。この点につき、原判決は第一審原告の昭和二六年中吹田牛乳処理所から配分をうけた牛乳の卸売、小売の割合は夏場(七、八、九月)に於ては七と三の割合、その他の月は五割ずつと認定した。しかし、乙第一三号証(第一審原告に対する質問応答書)には卸売と小売との割合は半々で、平均単価は一二円乃至一二円五〇銭である旨の応答があつたという記載があり、これには夏場の販売の販売割合を除外し又吹田牛乳処理所から配分をうけた牛乳分についてのみ応答がなされたものと認め得る根拠は全くない。
(当時第一審原告が取扱つていた牛乳は吹田牛乳処理所分のみでなく、岡崎牧場分もあつた。)
元来乙第一三号証に記載の質問は年間の季節的変化を考慮して全般的に見た平均割合は何程かという点にあり、通常牛乳販売店の牛乳販売の割合は卸売四割、小売六割というのが平均した一般業態であるが、第一審原告の業態が一般の牛乳販売店に比し、卸売の割合がやや多い実情にかんがみ、第一審原告の当時の応答そのまま是認して卸小売を五割ずつとみたのである。原判決のこの点に関する前示認定は、原審における第一審原告の供述のみによつて認定したもので、当時より七年も経過して尋問の行われた帳簿類によらない供述に基くかかる認定は経験則に違反する。尚第一審被告の主張は、吹田牛乳処理所分の牛乳岡崎牧場分の牛乳と限定することなく第一審原告の昭和二六年中に取扱つだ牛乳の卸、小売の比率は半々であるとし、その卸売価格についても個々により値段の高低はあるが、その平均価格は一一円五〇銭であると主張しているだけで、原判決に於て第一審被告があたかも吹田牛乳処理所から仕入れた牛乳と岡崎牧場から仕入れた牛乳とを区別してその卸、小売の数量、価格を推計していると解されているのは誤解である。
二、岡崎牧場関係
第一審原告が岡崎牧場から仕入れた牛乳についてもその卸小売の比率は五割ずつである。原判決では、竹村卯之助の証言及び第一審原告の供述によつて、第一審原告は岡崎牧場から仕入れた牛乳を専ら訴外竹村卯之助に卸売したと認定されているが、右竹村の証言によると右取引は約七年前に半年間にわたつて取引され、その詳細を記憶しておるに反し、右取引をやめた後の仕入についてはその牛乳の銘柄すら記憶していない状況であるし、又岡崎牧場より仕入れた牛乳を専ら右竹村に販売していたものならば一般家庭にその見本を配付する必要はないのであるが、第一審原告の供述によると、第一審原告は岡崎牧場より仕入れた牛乳一日当り一五〇本の内二〇本ないし三〇本は見本牛乳として一般家庭に配付していたというのであるから、右証言及び供述は到底右認定資料となし難く、原判決の前示認定は承服できない。
三、雑収入について。
第一審被告は、第一審原告が昭和二六年四月岡崎牧場に売渡した脱脂乳の代金一、二〇〇円を雑収入として計上した。この事は乙第一〇号証により明白であるにかかわらず、原判決は第一審原告の供述により乙第一〇号証だけでは証拠不十分とした。併し第一審原告のこの点の供述は、岡崎牧場へ脱脂乳を売つたがそれは冬に吹田牛乳処理所で牛乳が余つて酸化したものを私名義で売却し、その代金は吹田牛乳処理所の会計に入つている旨の供述につきるのであつて、吹田牛乳処理所で酸化牛乳の生じた時期は証人松村玄次、山内昌典の証言によると昭和二六年一一月、一二月であるから、第一審原告が脱脂乳を売渡した昭和二六年四月の取引とは時期的に相違し、かつ、酸化した脱脂乳を買取る乳業者はあり得ないから、第一審原告の供述を以て乙第一〇号証の証明力を排除することはできず、原判決のこの点の判示は承服できない。
四、牛乳原価について。
原判決が吹田牛乳処理所における処理済牛乳の原価を一本につき九円五〇銭と認定されたのは正当であるが、右認定原価以外に腐敗牛乳分として各組合員に対し五、〇〇〇円ずつの追加徴収があつたとし、又牛乳の処理工程で破損する壜代の負担金が処理済牛乳一本当り四〇銭であるとして、これらを牛乳原価に加算した点は不当である。
仮りに原乳の腐敗があつたとしても、吹田牛乳処理所の場合に於ては追加徴収金を徴収する必要は生じない。何故ならば、牧場に対する原乳代金の決済は半月ないし一箇月毎に処理所で一括支払をしていたものであり、その支払資金の調達はその都度各組合員よりその引取つた処理済牛乳の数量に按分して決算徴収の方法をとつていたものであるから、代金の支払済となつている原乳について腐敗等の損耗が生じたとしても、これに対応する代金を再度追加徴収する理由は存しない。
又原判決は壜代の追加徴収一本につき四〇銭合計一一九、四七五円六〇銭(吹田牛乳処理所分298,689本×40銭)を牛乳原価に加算したが、その加算額に相当する空壜数は九、九五六本(<省略>)と推定されるから、原判決では吹田牛乳処理所分の牛乳二九八、六八九本について、牛乳処理販売等の過程で生ずる破損、回収不能等による牛乳壜の損耗数を二一、四四〇本(右九、九五六本に後記一一、四八四本を加えた本数)と認定したこととなる。併し通常牛乳販売業者における空壜の回転状況は販売専業者で五〇回転であり(乙第一二号証項目1牛乳壜破損費の摘要らん参照)処理及び販売専業者で三〇回転を下廻らないものであるが、原判決認定の結果によると第一審原告の場合一四回転(<省略>)にも達しないこととなる。右は不合理であつて、第一審原告の場合は牛乳の処理販売に必要な牛乳壜の調達はすべて自己負担で行つていたもので、本件課税年分の審査に際し協議官が取引証憑により確認したところによると、第一審原告は破損壜の補填のため、石浜内外硝子より、昭和二六年二月二〇日二、三五九本を代金二八、三〇五円で、同年五月五日三、〇〇〇本を代金三六、〇〇〇円で、同年七月七日三、〇〇〇本を代金三、六〇〇〇円で買受け、又中央硝子より同年一〇月六日三、一二五本を代金三七、五〇〇円で、以上総合計一一、四八四本を代金一三七、八〇五円で買受けているから、第一審原告が取扱つた吹田牛乳処理所分の牛乳二九八、六八九本に対し牛乳壜の補填数は一一、四八四本、従つてその回転率は二六回で一般の基準からみて、やや牛乳壜の補填割合は多いと考えられるが、取引証憑により確認した右一一、四八四本という数額を是認した第一審被告の計算は容認されるべきで、牛乳壜の損耗数を二一、四四〇本と認定したことになる前記原判決の判断は不当である。
五、生クリーム原価について。
生クリームは第一審原告が自家製造して販売していたものである。この事は第一審原告が脂肪分離機を設備している事実と本件係争年度中に脱脂乳の販売をしていた事実から十分に推察されるところである。(第一審原告が生クリームを他より買入れ転売していたものとすれば、その買入先等の内容を証明するに足る資料がある筈であるのに、本件ではそれがない。)この点の原判決認定は不当である。
六、岡崎牧場関係の取引の必要経費について。
原判決は、空壜の回収に必要な時間的なずれ(通常四、五日)をみることなく、第一審原告が岡崎牧場との取引を停止した昭和二六年五月七日現在の空壜不足分一、三六〇本を以て、直ちに、空壜の補償金一三、六〇〇円の計算基礎とされているが、これは誤りである。
仮りに岡崎牧場に対する空壜補償金を考慮するとしても、第一審原告はこれらの記録を備えつけていないのであるから、通常生ずる一般的な基準に頼るより外はないのである。そして、その基準は乙第一二号証により明かなとおり、処理済牛乳一〇〇本につき二本の割合であるから、岡崎牧場分牛乳二一、三八一本に対し空壜の破損等による数量は四二七本と推定され、補償金額にして四、二七〇円である。
七、以上、要するに第一審原告の昭和二六年度収支計算の結果として第一審被告の主張するところは原判決事実に摘示されたそれと同一であつて、仮りに岡崎牧場に対する牛乳壜の補償を認めるとしてもその金額は前記四、二七〇円に止まるべく、これを右摘示の支出の部に加算すべく、従つてこの計算によつても同年度の第一審原告の所得金額は五一五、九六二円を下ることはないから、本件更正処分金額三八三、二〇〇円が不当であるとして、本件更正処分を取消されるべき理由はない。
八、更に、別個の観点から本件更正処分金額三八三、二〇〇円の不当でないことを以下に述べる。
1 第一審原告が昭和二六年一年間に補填した牛乳壜は一一、四八四本であることは当事者間に争がない。乙第一二号証によると、牛乳一〇〇本の販売に対して二本の破損、紛失があるのが通常であるが(破損率二%、回転率五〇回転)乙第一三号証によると第一審原告は牛乳一〇、〇〇〇本の販売に対して二五〇本ないし三〇〇本の破損、紛失(破損率二・五%ないし三%、回転率三三回転ないし四〇回転)があると主張している事情があるので、破損率三%を適用すると第一審原告のその年間販売数量は三八二、八〇〇本(11,484本÷0.03)となる。
2 又乙第一二号証によると、牛乳販売業の従事員一名当り一日の販売数量は三〇〇本(三斗)である(同号証最後から四行目参照)。昭和二六年中の第一審原告の営業に従事していた人員は六名であつたから(乙第一三号証第二問答参照)乙第一二号証によると、第一審原告の同年中の牛乳販売数量は六五七、〇〇〇本となる。
併しながら、乙第一二号証の場合従業員の給料が一名一箇月七、〇〇〇円であるに比し、第一審原告の場合従業員の給料が一名一箇月四、二五〇円に止まつているところから判断すると第一審原告の従業員は販売能力が劣つていると認められるので、右給料の差を販売能力の差と考えて比率を算出すると乙第一二号証の一般の場合に比して四〇%減の能力差があることとなり、この点を考慮して販売数量を推計すると、第一審原告の同年度の年間取扱数量は三九四、二〇〇本(657,000×0.6)となる。
3 第一審原告の昭和二六年度牛乳取扱数量につき右1及び2のいずれの数量をとるにしても、右数量は本件所得額更正決定をなすに当り第一審被告が採用した数量三二〇、〇七〇本より多く、而して、同年度における第一審原告の牛乳取扱数量を右1により合計三八二、八〇〇本とするときは(販売価格、販売原価その他所得額算出の基礎となる計数は第一審被告が従前主張する通りとする。)その年度の第一審原告の所得金額は七三〇、五二七円となり、又右2により取扱数量を合計三九四、二〇〇本とするときは右所得金額は七六七、五七七円となり、従つて、第一審被告の決定した本件所得額更正処分金額三八三、二〇〇円は低きに失する位で、取消されるべき違法はない。」
と述べ、
立証として、第一審原告に於て当審における証人相生裕文の証言並びに第一審原告本人の供述(第一回)を援用し、第一審被告に於て当審における証人吉田留雄、南口安宏、八神重春(第一、二回)の各証言並びに第一審原告本人の供述(第二回)を援用した。
理由
当事者間に争のない事実及び第一審被告が本件更正処分をなすについて推計の方法によつて第一審原告の昭和二六年中の所得金額を算定したことは正当であると認むべきことについては原判決理由の一、二に摘示のとおりであるからここにこれを引用する。
そこで、以下争点について原判示の順に従い順次判断する。
一、牛乳売上金。
(イ) 吹田牛乳処理所関係。
(1) 右処理所の性格について。
右処理所が原判示どおりの組合で、昭和二五年五月五日設立され、原判示どおりの事業をしていたことは、原判決挙示の各証拠により認められるので、原判決の当該部分(原判決理由三の(一)の(イ)の冒頭より七行目まで)をここに引用する。第一審被告は右処理所は独立の企業主体ではなく、第一審原告外五名の牛乳販売業者がそれぞれ酪農家や専業牧場から買入れた原乳をそれぞれ各別に飲料用に処理するために設けられた施設に過ぎず、右施設利用者と処理所との間に売買仕入等の関係は生じないと主張するが、前認定をくつがえして右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
(2) 第一審原告が昭和二六年中に右処理所から配分をうけ仕入れた牛乳の卸売と小売との比率並びにその各販売価格について。
第一審原告は右販売価格は卸、小売価格を平均して牛乳一本(一合、以下同じ)につき八、九、一〇の三箇月間は一二円、その他の月は一二円五〇銭であつたと主張し、又第一審被告は年間を通じて右平均価格は一二円七五銭であつたと主張する。(その算出根拠として、第一審被告は年間を通じて第一審原告の卸、小売の比率は半々で、牛乳一本につき卸売価格一一円五〇銭、小売価格一四円であつたと主張する。)
第一審原告は昭和二六年中の売上内容を正確に把握できる諸帳簿を完備していなかつたから、第一審原告の同年中の卸、小売の比率、その各価格は諸資料にもとずいて推定する外はない訳であつて、この点につき原審及び当審証人南口安宏の証言、右証言により成立の認められる乙第一二号証、原審証人児島幸一、松村玄治、山内昌典の各証言によると、一般的に大阪市並びにその周辺地区の昭和二六年当時の牛乳販売業者における卸売と小売との比率は四と六で、牛乳一本につき卸売の平均価格は一一円五〇銭、小売の平均価格は一四円であることが認められ(第一審原告は乙第一二号証は本件の推計資料となし難いと主張するが、大阪市とその周辺都市との相互間には極めて交通が発達し、同業者の販売網も相互に入りみだれて限定されることなく、現に第一審原告は吹田市に拠をかまえながら、後記認定の如く大阪梅田方面に進出して卸売をしているのであつて、その間の競争によつて大阪市内及びその周辺都市の同業者の仕入、販売条件は均一化するものと考えられ、而して原審並びに当審証人南口安宏の証言によると、乙第一二号証は大阪市内唯一の牛乳小売業者の組合(加盟人員三〇〇名位)が納税申告の参考基準資料として作成し各地区の支部長会議の議題にかけてその記載内容について異議が述べられなかつたものであることが認められるので、本件推計資料として信頼性の高いものと考えられ、信ずべき反証のない限りこれによつて推計されても経験則に反しないものとすべきである。)而して成立に争のない乙第一三号証(第一審原告に対する質問応答書)及び原審証人山内昌典の証言によると第一審原告の場合その卸売と小売との比率は年間を通じて半々の同率であるとの第一審被告の主張にそうものがあり、従つて一見(2)に関する第一審被告の主張事実はすべて認められるかの観を呈する。
第一審原告は原審における第一、二回尋問に於て第一審原告の場合卸売と小売との比率は夏場を除いては半々の同率であるが、夏場に於ては卸売が七、小売が三の割合であると供述し、(第一審原告は夏場とは八、九、一〇月であると主張するが、原審第二回尋問に於ては七、八、九月を指すものと供述し、原審証人南口安宏の証言をも綜合考察すると、夏場とは七、八、九月を指すものと認められる。以下夏場とは七、八、九月を指すこととする。)年間を通じてその比率が半々の同率であるとする第一審被告の主張と異り、又前顕乙第一三号証の記載内容とも一見異るものがあるが、当裁判所は後記事由によつて第一審原告の右供述を信ずるに足るものとして採用する。即ち第一審原告の原審第一回供述及び原審証人山内昌典の証言によると、第一審原告は国鉄の吹田工機部、大阪鉄道管理部その他大阪梅田方面の卸も多く、同業者に比して小売に対する卸売の比率が高く、従つて夏場を除くその余の月に於て、卸売と小売との比率が第一審原告の場合半々の同率であることが認められるところ、原審証人南口安宏の証言によると牛乳の需要は夏場に多く冬場に少いことが認められ、而して夏場における需要の増大は卸売に顕著であることが推認されるから、夏場以外の卸売、小売の比率が半々の同率であると認められる第一審原告の夏場のその比率は七と三であると認めても経験則を逸脱するものとは解されない。前顕乙第一三号証の質問応答の記載内容も必ずしも右認定の妨げとなるものではない。
即ち第一審原告の場合、牛乳の卸売と小売との比率は夏場は七と三、その他の月は半々の同率と認めるのが相当である。
次に、その価格であるが、第一審原告の場合他の業者と異り卸売の小売に対する比重が大で、かつ、吹田に拠をかまえながら前記認定の如く大阪梅田方面への卸売も多かつた点からみると、他の業者との競争上卸売価格を低くしたであらうことが十分に推認されるところである。この点につき第一審原告は原審第一回尋問に於て国鉄関係に対する卸値は一〇円五〇銭、喫茶店パン屋等に対する卸値は一一円、小売値は一三円二、三〇銭であつたと述供し、原審第二回尋問に於ては平均販売価格は夏場は一二円、冬場は一二円五〇銭位であつたと供述し、右各供述と原審証人児島幸一、松村玄治、山内昌典の各証言及び前記観点とを綜合考察すると第一審原告の本件卸売価格は前記認定の他の業者の平均卸売価格一一円五〇銭(前記乙第一二号証及び原審証人南口安宏の証言参照)より低い一一円と認めるのが相当であるが、その小売価格については前記認定の他の業者の平均小売価格(前同参照)と同額の一四円と認めるのが相当で、右認定に反する第一審原告の原審第一回供述並びに原審証人山内昌典、松村玄治、児島幸一の各証言は採用しない。
蓋し原審証人南口安宏の証言によれば、牛乳販売価格は一合一三円であり小売六分卸四分で卸売価格は一合一一円五〇銭だというのであるから小売価格は一合一四円となるべく、当審証人南口安宏の証言によれば小売価格は一合一四、五円であり、また原審証人吉田留雄同竹村卯之助の各証言からも小売価格が一合一五円であつたことが認められ、若しこれを前記吹田牛乳処理所関係の各証人の証言する如く一合一三円五〇銭として計算すると、第一審原告は夏場において卸小売平均一合一一円七五銭その他の月は一二円二五銭で売つていたことになり、その主張価格を下廻ることになるので、その主張自体よりもなお主張者に著しく利益になるような認定をすることは適当でない。
以上認定の第一審原告の牛乳の卸売と小売との比率及びその価格から牛乳一本についての平均単価を計算すると、夏場に於ては一一円九〇銭その他の月は一二円五〇銭となり、而して原審証人駒木根冝子の証言と右証言により真正に成立したことが認められる甲第一号証によると、第一審原告の夏場における牛乳の販売数量は一〇五、五六八本であることが認められる。
(ロ) 岡崎牧場関係。
第一審原告が岡崎牧場から合計二一、三八一本の処理ずみ牛乳を仕入れて販売したことは前記のとおり当事者間に争なく、而して当審証人吉田留雄の証言及びこれにより真正に成立したことが認められる乙第一〇号証によると第一審原告は岡崎牧場より昭和二六年一月から同年五月七日迄の間にこれを仕入れたことが認めれるところ、第一審原告は右牛乳の内同年二月から四月迄の間一日平均二〇本を見本として配付し、その他はパン小売商竹村卯之助方に価格一一円で卸売し、しかもその一部は腐敗していたと主張し、第一審被告はこれを争い、第一審原告は右仕入数量をすべて卸と小売と半々の比率で、卸は一一円五〇銭、小売は一四円で売却したと主張する。
第一審原告の原審(第一、二回)及び当審(第一回)における供述(後記信用しない部分を除く)によると、第一審原告は岡崎牧場から仕入れた牛乳の内合計九〇〇本を見本として配布したこと、右仕入牛乳の内四日分程(一日平均仕入一五〇本合計六〇〇本)の腐敗があつたことが認められる。第一審原告の見本として配布したのは昭和二六年二月から同年四月までの合計八九日の間一日平均二〇本(この計算では一、七八〇本)であつた旨の主張にそう第一審原告の原審(第一、二回)及び当審(第一回)における供述部分は採用できないし、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
又原審証人竹村卯之助の証言、第一原告の原審(第一、二回)及び当審(第一回)における供述によると、第一審原告が岡崎牧場から仕入れた牛乳は前記認定の見本の牛乳、腐敗牛乳を除いてすべて右竹村卯之助に卸売した旨の第一審原告の主張にそうものがあるが、右証言は第一審被告の批判すると同旨の理由によつて措信し難く、従つて又第一審原告の供述も措信できない。
そうすると、第一審原告は岡崎牧場より仕入れた牛乳の内前記認定の見本として配布した分及腐敗した分合計一、五〇〇本を除く一九、八八一本は前記認定の吹田牛乳処理所から仕入れた牛乳の場合と同一の卸、小売の比率及びその価格即ち卸と小売の比率半々、一本につき卸は一一円、小売は一四円で売却したものと認むべきである。
(ハ) 以上認定の事実及び当事者間に争のない事実から第一審原告の昭和二六年中の牛乳売上金を計算すると合計三、九一八、七八四円(一円未満切捨)である。
算式 12円50銭×(298,689-105,568)+11円90銭×105,568+12円50銭×19,881
二、生クリーム売上金及び、三、雑収入。
この点についての当裁判所の判断は原判示と同一であるから、原判示中当該部分をここに引用する。但し雑収入に関する部分に、原審並びに当審における証人吉田留雄の証言中これに関する部分は採用しないと附加する。
四、牛乳の原価について。
成立に争のない乙第一四号証、原審証人児島幸一、松村玄治、山内昌典の各証言、第一審原告の原審第一回供述並びに弁論の全趣旨を総合すると、吹田牛乳処理所では毎月末各組合員からその組合員に対する当月分の処理済牛乳配分本数に応じて、右配分牛乳の原乳代とこれに要した処理費とを加算した金額を決算徴収したこと、右処理費の内には電力代、水道代、光熱費、消耗品代、人件費、処理の過程で生ずる破損壜代等かふくまれていたこと、各組合員からの徴収は予算徴収でなく決算徴収ではあるが臨時特別の出費があつた場合は追加徴収もなされていたことが認められる。
而して成立に争のない乙第一一号証の一、二、第一四号証、原審証人児島幸一、松村玄治、山内昌典の各証言、原審並びに当審における証人吉田留雄、南口安宏の各証言、第一審原告の原審(第一回)及び当審(第一、二回)における供述を綜合すると、第一審原告等が吹田牛乳処理所で取扱つた原乳の原価は年間平均一合(一本)につき七円、その処理費は年間平均一本につき二円五〇銭と認めるのが相当である。右認定に反する右各証人の証言及び本人の供述部分は採用しない。蓋し、第一審原告におい吹田牛乳処理所から仕入れた牛乳の仕入価格を一本一〇円と主張する根拠には、第一審被告主張の一本九円五〇銭の外に一本四〇銭の処理所における破損壜代を計算に入れてのことであろうが、この点につき第一審原告の主張に副う原審証人児島幸一、山内昌典の各証言及び当審における第一審原告の供述(第一回)は原審証人松村玄治の証言に照したやすく信用し難いのみならず、右児島の場合は、その証言によれば、処理所に納める壜代以外に個人的に負担する壜代はないというのであり、第一審原告の場合は岡崎牧場関係の必要経費として後に説明する壜代の外、破損壜補填として消粍品費中に一三七、八〇五円という多額の必要経費が計上せられているのに鑑み、これらの経費を全く負担しない児島の場合と同様に取扱うことはできず、従つてこの点についての第一審原告の主張は採用し難い。
ところで、牛乳のような商品の場合処理の際のロスとか売残りとかを考慮に入れて推計すべきところ(第一審被告は仕入数量と売上数量とを同一としてこれを推計の基礎としているが妥当でない。)原審証人松村玄治、山内昌典の各証言によれば、昭和二六年中に吹田牛乳処理所で仕入れた牛乳の内一一月と一二月に各二石程度が余つて腐敗したので、その原乳代を各組合員に割り当てて追加徴収したこと、その金額が多く見積つても組合員一人当り五、〇〇〇円を超えないことが認められる。
以上認定の事実及び当事者間に争のない事実(岡崎牧場から仕入れた牛乳の本数及び単価)から第一審原告の昭和二六年中の牛乳原価を計算すると合計三、〇五六、三五五円(円以下切捨)である。
算式 9.5円×298,689+5,000円+10円×21,381
五、生クリーム原価について。
この点についての当裁判所の判断は原判示と同一であるから、原判示中当該部分をここに引用する。
六、岡崎牧場関係の取引の必要経費について。
この点についての当裁判所の判断は、原判示中証人吉田留雄の証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)とある部分の後に、それぞれ当審証人吉田留雄の証言、第一審原告の当審第一回供述を挿入附加し、更に左記部分を附加する外は原判示と同一であるから、原判示中当該部分をここに引用する。
第一審被告は、空壜の回収には若干の時間を要するから、この時間的なずれを考慮することなく、取引終了当日の計算による未回収壜数一、三六〇本を以てそのまま未回収になつたものとするのは失当であると主張するが、前顕乙第一〇号証によると右未回収壜数は昭和二六年一月からの累計でその未回収累積状況からみるとその後回収されたとみることは困難であり、又回収されたと認め得る証拠もない。
七、以上認定した各事実及び当事者間に争のない事実によれば第一審原告の昭和二六年中の収支計算は次のとおりである。
(イ) 収入の部
売上金 四、二七一、二三四円
内訳
牛乳売上金 三、九一八、七八四円
生クリーム売上金 三五二、四五〇円
(ロ) 支出の部
商品原価 三、三五三、一五五円
牛乳原価 三、〇五六、三五五円
生クリーム原価 二九六、八〇〇円
消耗品費 一九〇、四〇二円
修繕費 六五、八九五円
雇人費 三〇六、〇〇〇円
電力費 一七、二一二円
公租公課 二〇、六二六円
家賃 三、一二〇円
岡崎牧場に対する壜代補償金 一三、六〇〇円
岡崎牧場より仕入れた牛乳の内の見本牛乳及腐敗牛乳代 一五、〇〇〇円
合計 三、九八五、〇一〇円
(ハ) 所得金額 二八六、二二四円
八、以上、第一審原告の昭和二六年の総所得金額は二八六、二〇〇円(国等の債権債務等の金額の端数計算に関する法律第五条により一〇〇円未満切捨)と認むべきであるから、第一審被告のなした本件更正処分の内右金額を超える部分は違法である。よつて右総所得金額を一八九、五〇〇円と認めて本件更正処分の内これを超える部分を違法とした原判決は前記認定と異る限度で不当で取消を免れず、第一審被告の本件控訴は前記認定の限度で理由があるが、右限度を超える部分は失当であり、又第一審原告の本件控訴は理由がない。
よつて民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 井上三郎 裁判官 松浦秀寿)